#1
世界から隔離され、見放されたイギリス
イングランドの都市、ケンブリッジから始まったレイジウイルス・パンデミック。最初の感染者が出てから28日後にはイギリス本土は壊滅し、感染者が飢餓で死に絶えた28週後には国際的な協力を得て復興が進められたが、ウイルスが再び猛威を奮いその計画は頓挫した。『28週後...』のラストではフランス・パリにもその脅威が及んだことが描かれていたが、『28年後...』では欧州及び世界各国はウイルスの拡大を抑え込むことに成功したことが明かされる。
他国も危機に晒した以前の経験からか、イギリスは他国から徹底的な隔離処置を受けており、放置されるだけでなく脱出者が出ないようにNATO連合軍の船が沖合から日々監視している。『28週後...』では無症状の感染者も明らかになっているため、それを踏まえての対応だろう。もしトラブルで巡視船の兵士がイギリスに上陸してしまった場合も、感染拡大のリスクを避けるため救助は行われない。他国の詳細な状況は明らかではないが、兵士のエリックがスマートフォンを持っていたことから、この世界はイギリスを省いた状態で現実と同じような発展を遂げていることが分かる。イギリスでは非感染者たちが命懸けのサバイバルをしている一方で、世界中の人々は我々と同じような日々を過ごしているのだ。
脚本家のアレックス・ガーランドは「一つの国が崩壊すると、弱肉強食の構図が展開します。大まかにいえば、その崩壊による影響を受けない人々は、まるでそんなことはなかったかのように日常生活を営んでゆくのです」と語っている。
#2
イギリス国外の何者かによる暴露サイト
<未鑑賞者向けコンテンツ>にも記載した通り、本作のティザー動画にはモールス信号が、US版予告には暗号らしき文字が隠されている。モールス信号を解読すると謎のサイトに辿り着くのだが、そのサイトに入るために必要なのが予告の文字をピッグペン暗号で解読した【mementomori】というパスワード。そのサイトは『28年後...』の世界線でイギリス国外の人物によって立ち上げられたものらしく、隔離されたイギリスについての情報が集められている。載っているのはイギリスの隔離状況を示した地図や発信者不明のメールのやりとり、巡視船が難破したときの音声データや兵士のInstagramらしきSNSなど。
地図から分かるのは、イギリス(スコットランドの北東部に位置するシェットランド諸島は除く)と隣接するアイルランドは「Unconditional Isolation
Zone=無条件隔離地帯」として、NATO連合軍から絶えず監視されていること。無条件隔離地帯はその上空を航空機で飛ぶことさえできないが、NATO連合軍はドローンや衛星写真でホリー島のような非感染者コミュニティの様子などにも目を光らせているようだ。またメールなどの断片的な情報から、世界中がイギリスの情報を徹底的に管理し機密にしていること、イギリス国内の非感染者へのコンタクトが禁じられていることなどが窺い知れる。
だが同時に真実が覆い隠されている状況に疑問を抱き、イギリスで何が起きているかを知ろうとする人々も存在するようだ。その人々によってつくられたのがこのサイトなのだろう。
#3
現代と逆走するホリー島の価値観
感染から逃れた一部の人々は安定した生活を送るために、イングランド北東部にあるホリー島を要塞化しコミュニティを築いた。皆が集まる公民館のような建物には「2002年
ホリー島民の使命」と描かれた布と、指導者と思しき青いタスキをした女性の写真が掲げられており、このコミュニティが2002年(『28日後...』の公開年)からあることが示唆される。
住民それぞれが“農民”や“漁師”といった役割を担ってコミュニティに貢献しており、食料は島内だけで自給自足できているようだが資源は万年不足ぎみ。学校もあるようだが、劇中で分かるのは子供たちを戦士として育てるための軍隊教育が行われていること。子供たちは感染者を模したマスク(目が赤く頬がこけている)を付けたカカシに弓矢を放つ訓練を受けており、弓矢が額を貫いたマスクは一撃必中の縁起物として祝いの場で着用されていることも窺える。
そうして軍隊教育を受けた男は、大人になるための”通過儀礼”として、15歳ごろになると本土に行き感染者狩りをすることが求められる。無事に通過儀礼を終わらせるとコミュニティ全体で酒を飲み祝福するのが通例のようだ。実際のホリー島の名産が蜂蜜酒であることから酒はたっぷりとあるのだろう。
生活様式が20世紀ごろのものに戻ると同時に、男は“強くあること”が正義とされるなど、コミュニティの価値観も現代とは逆走している。スパイクは暴力や殺しを嫌う心優しい少年だが、「男らしさ」に溢れる父ジェイミーの提案により、12歳の若さで本土へ上陸。そこで“狩り”という昔ながらの男性的行為を通じて、ジェイミーはスパイクに殺しの術や残虐性を継承していく。
危険な本土に息子を連れていき、「はじめての感染者、はじめての殺し」と息子の恐ろしい経験を成長の証として嬉しそうに語るジェイミーの姿は悪意がないだけに恐ろしい。彼らが暮らす海に囲まれたホリー島はそういった閉鎖的な価値観を象徴する場所であり、故にその価値観に囚われないスパイクは「海が見えない地まで行きたい」と思い、最終的に旅立つのだ。
#4
本土に向かう親子と「ブーツ」
予告編でも強烈なインパクトを残したラドヤード・キプリングが綴った詩「ブーツ」については<未鑑賞者向けコンテンツ>に記した通りだが、本編ではジェイミーとスパイクが本土へ上陸するシークエンスに使われる。「ブーツ」は“戦の兵士に休息はない”という言葉を繰り返すが、本作における兵士とは感染者狩りを行うジェイミーとスパイク、さらにはホリー島民のことであろう。「ブーツ」が表現していた単調で苦痛に満ちた戦争で精神が蝕まれていった兵士のように、ホリー島の住民たちも殺すか殺されるかの日常のなかで人間的な感覚を喪失しつつある。敵を殺してこそ一人前、と子供に人殺しの練習をさせるというのは戦時中の考え方に他ならない。
『28日後...』の終盤、軍を率いていたウエスト少佐が「感染が始まる前にも人々は殺し合っていた。これが人間本来の姿だ」と人間の暴力性について語っていたが、本作は序盤から再びその言葉に立ち帰るのだ。劇中にインサートされる戦争の映像がその言葉をさらに補強している。
だがこの物語を見届けた人ならば分かる通り、『28年後...』が真に描こうとしているのは人間の暴力性ではない。暴力の連鎖を断ち切ろうと抵抗する人間たちの姿である。
#5
3種の感染者【俊足】【スローロー】【アルファ】
28年という時が経ち、感染者たちの中には進化したものが現れた。本来、28年という年月は進化するためには短すぎるのだが、その点についてダニー・ボイル監督は「この映画では進化の速度を速めました。私たちは進化の過程を圧縮し、押し進めています。感染者の間でもいろいろなことが起きています。家族もいるし、集団も形成されつつあります」と述べている。
パンデミック当初から存在した、凶暴化して非感染者を無差別に襲う感染者は「俊足」と呼ばれる。身体のリミッターを外し、全速力で迫ってくる感染者の特性から名付けられたのだろう。28年という年月で着衣は崩れ去り、ほぼ全員が全裸である。見た目は『28日後...』から変わっていないように思えるが、彼らは食べるという進化的な行動を身につけた。またリーダーを中心に群れるようになったことも進化と言えるだろう。
当初は「俊足」だけだった感染者だが、本作では新たに2種類の新種が登場する。まず1種が、本土に上陸して、最初に遭遇する「スローロー」。滑り気のある膨れた身体をしており、地表を這ってミミズなどを食べることでエネルギーを補給している。代謝を減らすという進化を果たした存在である(ボイル監督の言葉を借りれば「とても受け身」)ために動きが遅い。遭遇したときのジェイミーの冷静さからしてそれほど珍しい存在ではないのだろうが、気になるのが彼が言った「1匹いたら2、3匹いる」という言葉。加えてジェイミーが見逃したスローローは少女のような見た目をしていた。それらのことから、スローローには知性があり、家族を形成している可能性も考えられる。俊足が出産できることは作中で証明されている以上、スローローに子供がいてもおかしくはないだろう。
そしてもう1種類の感染者が「アルファ」である。動物社会で群れを率いる“アルファオス”という言葉から名付けられたのだろう。ウイルスが成長ホルモンのような働きを果たした結果、肉体は筋肉質に巨大化し知能も向上。過度な成長を表すような長い髪や髭をなびかせ、俊足たちを率いる群れのリーダーとして君臨する。野生動物を捕捉して俊足たちに食事として与えている姿も描かれる。ケルソン先生の言葉から縄張り意識を強く持っていると思われ、獲物の首を高いところに飾るのは群れの縄張りを示す行動ではないだろうか。知性だけでなく、感情がある可能性も高い。
#6
「人間らしい」のは感染者か、非感染者か
ジェイミーは宙吊りにされた感染者を見て「感染者には魂も心もない。殺しに慣れろ」とスパイクに殺害を命じる。スローローに遭遇したときもそうだが、ジェイミーは危険がなくとも能動的に感染者たちを殺害していく。非感染者コミュニティにおいても、苦しむ妻を助けようとせず不貞を働く始末。彼はケルソン先生についても異常者だと批判するが、「異常」で「心がない」のはどちらだろうか。
アルファの一人であるサムソンと比べてみよう。サムソンはエリックに殺された妊婦感染者を大事そうに抱えていたことなどから、彼女が出産した赤子の父親であると推察できる。ほかの感染者が裸で歩き回るなか妊婦感染者は衣服を着用していたことも、サムソンから特別な待遇を受けていたことを示しているのかもしれない。また、サムソンが縄張りを離れてまで我が子を取り戻そうと奮闘する姿もあった。もしそうなら、それは掟に縛られ、本土に旅立ったスパイクを探しにいかないジェイミーとは真逆の「心ある」行動であろう。
またケルソンはジェイミーと異なり不要な殺しを行わず、感染者・非感染者の死体を「同じ人間」として扱い、ボーン・テンプルを建て弔い続けている。彼は文明が退化した世界でも麻酔のような科学を信じ、医療行為を行い、末期癌で苦しむアイラに尊厳死という人間的な選択肢を与えた。当たり前のように人が人を殺す世界で、誰より善なる人間であろうと抗い続けているのだ。
海に沈みかけている母の夢を見てその死に恐れを抱いていたスパイクは、最終的に人間らしい死とともに火葬される母を見届ける。ボーン・テンプルを囲う火の玉が空へと向かっていく幻想的な映像はその魂が帰天するかのようだ。本作はスパイクの旅路を通じて、彼がどのように母との別れを受け入れていくのかを描いているのである。海に囲まれたホリー島やそこに住む人々が前時代的な価値観を象徴している反面、ケルソン先生は「火」という進歩的なシンボルと共に描かれることも印象的だ。父や島の価値観に囚われないスパイクが「火」を使ってホリー島を脱出したことも必然であろう。島に飾られていたイングランド国旗が燃えていたのは島の進歩か崩壊か、どちらの未来を示しているのだろうか。
#7
ボーン・テンプルとメメント・モリ
ケルソン先生が放つ『メメント・モリ』という言葉。これは「死を想え」すなわち「自分の命には限りがあり、死ぬ日がいつか必ず来ることを覚えておけ」という意味のラテン語だ。ケルソン先生の思想を形作る言葉であり、彼はその言葉を胸に死者の骨を用いてボーン・テンプルを建築した。人骨で形成されているために予告編などでは恐ろしい印象を抱かせるが、本編では死者を慈しむ記念碑であることが判明する。ケルソン先生を演じたレイフ・ファインズは彼を次のように表現した。「彼は死から逃げ出したり、見ないふりをしたり、死を恐れて生きたりせずに、死や死者に敬意を表しています。聖職者のような人物であり、人道主義者です。」
またガーランドもケルソン先生についてこう語る。「ケルソンは“感染したからといって人間でなくなるわけではない”と考えています。そのため彼は命を失った人すべてへの『メメント・モリ』として納骨堂を作るんです。あれは一種のインスタレーションアートでもあります。集めた遺体を、意味のある構造物にしているんです」。
#8
テレタビーズとジミーズ
冒頭ではパンデミック当初に起きた信仰深い家族の惨劇が描かれる。家と教会に感染者の大群が押し寄せ、少年ジミーは家族全員を失ってしまうのだ。感染者たちが押し寄せる前にジミーが子供達とテレビで見ていたのが「テレタビーズ」。緑に覆われた楽園・テレタビーランドで楽しく暮らす4人のテレタビーたちを描くイギリスの幼児向け番組。ボイル監督はテレタビーズについて「子供向けの玩具やキャラクターを用いると、純真さが生まれます。それはホラー映画にとって非常に価値のある要素です。純真さと恐怖の強烈な対比が、私たちにとって素晴らしい材料になるのです」と語っている。
「ジミーは父親から「信仰を持て」と十字架のネックレスを託されるが、感染者から逃げるなかでその十字架は逆向きになる。逆さ十字は聖ペトロ十字とも呼ばれ、イエス・キリストの弟子である聖ペトロが逆さに磔にされることを望んだという伝承に由来する。本来邪悪な意味合いはないのだが、悪魔崇拝や反キリストと関連づけられることも多い。
その悲劇から28年後、ジミーは逆さ十字のネックレスを身につけ、非感染者集団「ジミーズ」(呼称)のリーダーとして君臨する。そのカラフルなビジュアルやファンタジックな動き、登場シーンで流れる音楽からテレタビーズをオマージュしていることは明白だろう。自然に覆われたイギリスの風景が彼らにとってのテレタビーランドなのだ。またテレタビーズの音楽の後にサタニズムと親和性の高いヘヴィメタルが流れることから、ジミーズが悪魔崇拝的なカルト集団である可能性が浮上する。
ジェイミーがスパイクに殺しを命じた腹部にJIMMYと刻印された感染者は、聖ペトロを思わせる逆さ吊りにされていたし、空き家には「ジミーは雲に乗ってやってくる」という怪しげなメッセージが書かれていた。ジミーは父親からの「信仰を持て」という遺言をどのように解釈したのかは謎だが、それが邪悪なものであるのはほぼ確実である。というのもボイル監督はこう語っているからだ。「アレックスは第1作を“家族という概念を多面的に描いた作品”だと言っていましたが、マルチカラーのジャージを着た集団もその一つの“家族”です。そして彼らは第2作にも登場します。アレックスとは第2作を【悪の本質を描く物語】と話しています。これはテレタビーズといった純真さから最も遠いところにあります」。
#9
チャレンジ精神に溢れる映像表現
<未鑑賞者向けコンテンツ>でも本作のユニークな撮影方法について言及したが、とりわけ強烈なのは、感染者に弓矢が刺さる一瞬を多面的に映すバレットタイム撮影であろう。『マトリックス』で銃弾を避けるシーンに使用され一躍知られることとなったバレットタイム撮影だが、本作ではそれがiPhoneで再現されている。iPhone20台で対象物を囲うための特別なリグ(装置)を製作し、矢が刺さる感染者を同時に180°方向から撮影したのだ。それ以外にも様々なカメラや装置、手法を用いて本作は刺激的な映像体験を追求している。7500万ドルというダニー・ボイル監督作品でも最大規模の予算で製作された『28年後...』だが、そこには800万ドルの低予算で撮られた『28日後...』のチャレンジ精神が確実に受け継がれている。
#10
さらに広がっていく『28年後...』の世界
既に製作陣が明かしているように、『28年後...』は3部作構成として予定されており、既に2作目となる『28 Years Later: The Bone
Temple(原題)』の撮影は終了している。2作目も脚本はアレックス・ガーランドだが、監督は2021年版『キャンディマン』を手掛け、高く評価されたニア・ダコスタ。ちなみに3作目はまだプリプロダクションの段階だが、再びボイル監督がメガホンをとるとボイル自ら語っている。そのタイトルから2作目はケルソン先生の建てたボーン・テンプルが中心となり展開されるのだろう。ケルソン先生がつくりあげた善性の象徴であるボーン・テンプルと、1作目のラストに登場したジミーズがどのように交わり「悪の本質を描く物語」となるのだろうか。ジェイミーとスパイク、サムソンと赤ん坊という2組の親子の動向も気になるところだが、それ以上に注目なのが『28日後...』でキリアン・マーフィ演じる主人公ジムが2作目で再登場するということ。『28日後...』のラストで救出されたジムは今どこにいるのか。そしてともに行動していたセリーナ(ナオミ・ハリス)とハンナ(ミーガン・バーンズ)の現状はいかに。
本作の主役であるスパイクとジェイミーに、次作の主軸となりそうなジミーズ、そして『28日後...』キャストに暗号サイトで存在が示唆されたイギリス国外の何者か...続編ではこれらの人々の運命が一体どのように交差するのだろう。
現状では何も予測がつかないが、きっと我々が想像もできない、さらに壮大で恐ろしい世界を見せてくれるに違いない。